音楽と健康

胎教と音楽

リヒテルとブーニン

 リヒテルはモスクワ音楽院で学びましたが(第二次世界大戦を境にした頃ですが)、音楽以外の学科は苦手で殆ど勉強しなかったそうです。
また学科試験を受けなかった為、3回退学処分をうけ、卒業するまで8年かかったとの事です。
 しかし彼の才能をとても評価してくれた先生達がいたのも事実のようです。
彼の直接の先生は、ゲンリッヒ・ネイガウス教授ですが、モスクワでは教授の家に住み込んでいたそうです。当時教授の家はとても出入りしやすく、沢山の人が出入りし、泊り込んでいたそうです。

 ネイガウス夫婦には、スタニスラフというとても人のいい息子がいたそうです。
このスタニスラフという息子は父についてピアノを習っていたそうですが、リヒテルが遠慮するのに気をつかい、十分に練習するための時間をつくるため、長い長い散歩に出るのを日課にしていたそうです。

 後に結婚したスタニスラフに息子が出来ました。
名前はブーニン。
そうです。チャイコフスキーコンクールで優勝し、一躍世界の脚光を浴びた人です。
リヒテルはとても日本びいきの人でした。ブーニンもそうですね。日本人と結婚し、日本に住んでいます。
何かとても印象的なお話です。

ヨーヨーマとお母さん

 世界的なチェリストであり、日本でもファンが多いヨーヨーマはアメリカで音楽修行をしていました。
 ヨーヨーマが12才位の頃、妹ヨウチョンと練習に明け暮れている時期、お母さんの話にこんな意味の事がありました。
 ヨーヨーは男の子だけに元気いっぱいだったそうです。でも両親はあまり大勢友達を作らないようにし、あまり外で遊ばないように伝えたそうです。
この時期アメリカの学生達は楽しい事が沢山ありました。でも彼は学校、音楽のレッスン、中国語とフランス語の勉強だけの生活だったとの事です。

 ヨーヨーマのお母さんはこう語っています。
「長い目で見れば、正しくて確なものは、いつの世も変わりありません。自分の良心に従って子供に一番良いと思えることをする、親にできるのはそれだけです」
お母さんは信念をもって子供達を教育していたようです。
これに応えてヨーヨーマはこう語っています。音楽家は生まれつきであり、才能は作られるものだと。

子守歌を歌ってあげる時はゆっくり赤ちゃんをゆらしてあげると良いとか!

 赤ちゃんはお母さんの好きな歌や子守歌を聞かせると安心するらしいと考えられています。
加えて赤ちゃんをやさしくゆらせてあげると、お母さんの胎内にいた時の環境に似た状態になるそうです。
それで赤ちゃんは安心するらしいとか。

 そう言えば、赤ちゃんが泣いた時はやっぱり赤ちゃんをゆらしてあげますね。
どうやらお母さんは本能的に赤ちゃんの心地良い環境を作ってあげる事を知っているみたいですね。

 子守歌を歌ってあげたいけど、歌詞がみな古くさいとか。
歌詞をよく考えると、いやいや子守をしている感じの歌が多くて嫌という女性が意外と多くおられるようです。
なる程よく考えると、そんな子守歌がありますね。
まだまだ貧しかった昔の時代、小さい子供の頃から子守として親元を離れて…なんて歌があります。
「あの山を越えると親の家がある」なんて、よく考えると悲しい歌です。
でもよく考えると、日本はそういう時代を乗りこえて今まで来たとも考えられますね。

 さてその話は別にして、日本の子守歌のメロディーはやっぱり心に響く事は確かです。
昔歌った事のある人が、何となく口ずさむ事があるのは、何か心に訴えるものがあるからでしょう。
産科の外来では、歌詞に暗い感じを持つならメロディーだけでも良いのですよと言っています。
先日自分で歌詞を考えました!というお母さんがおられました。歌詞にはとても感動しました。皆さんも自分のお子さんの為に、世界で1つしかない子守歌をつくってあげたらいかが?

赤ちゃんのために歌ってあげると赤ちゃんが安心する(2)―産科外来から―

 お腹の中に赤ちゃんがいる時は、お母さんの好きな音楽を歌ってあげたり、ハミングしてあげましょう。
どうやらお腹の赤ちゃんは、こうしたお母さんの行動をとても好むようです。

 1つはお母さんのリラックスぶりが赤ちゃんに安心感を与えると考えられています。
またお母さんの声そのものやリズム感が心地よく、聞き馴れた声や音楽を聞くと楽しい気持になるらしいとの事です。

 外来でお母さんに聞いてみると、意識せずにハミングしていたりすると、赤ちゃんが元気に動き出したと、お話する人がいます。
また逆に元気に動き回っていた赤ちゃんが静かになり、いかにも安心して寝入ったみたいとお話される人もいます。

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