音楽と健康

音楽にまつわるお話

パブロ・カザルスとお母さん

 パブロ・カザルスはお母さんについて、とても親愛の情をもって談っています。
実際、彼がチェリストとして、音楽家として世に出、世界中の人から尊敬をうけるようになったのには、お母さんの存在があった事は明かでしたから。

① カザルスが十四歳のとき、母親のピラール・カザルスは息子のパブロをロンドンに連れていってデヴューさせよう、との提案を退けた。彼女はその理由をけしていわなかった。
年端のいかないうちから神童ともてはやされ、世に出たおおくの多感な若者たちが味わった悩みや苦しみを、彼女が実例として知っていたとは思われない。この驚くほど志操堅固な女性が下した決断は、ときが熟せばそうなるはずのものはきっとそうなる、という人生の定めにたいする全幅の信頼によるものだろう。

② 「どんな母親でも、母親とは本来素晴らしものだ。しかし私の母はふつう一般に素晴らしいというのをとおりこしていた。よい母と特別の母とはちがう。これまでたくさんの母親を見てきたが、私の母のような人をほかに知らない。母の話すことばはどれも知性と直感と人柄を反映して、含蓄に富んでいた。
母は音楽、医学、建築、農業と、なんにでもつうじていた。それは単に学んだからではなく、なにより理解したからだ。でも母のもっとも偉いところは、高い道徳観をもっていたことだろう。母には先見の明があったし、しかも気高く美しかった。母に会いにきた名士たちはみな、母のたぐい稀な人柄を認めたものだった」

③ 「もしも音楽が私の天職だと母が確信し、決断していなかったら、私はいまごろ指物師になっていたかもしれない。でも腕のいい指物師になれたとは思わない」

パブロ・カザルス
鳥の歌
ジュリアン・ロイド・ウェッバー編
池田香代子訳 
筑摩書房

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