カルチャーと健康

98歳ミチおばあちゃんのエッセイ

茫茫山河-その1-

偶然同じ日に、仙台の和子から母宛に小包一個、私宛に、厚子から部厚い封書一通が届いた。
和子は母のふる里仙台の田舎に住んでいる、母の長兄の孫娘だけれど、まだ母も私も一度も会ったことはない。
二年前、“ちよの叔母さん”という書き出しで突然初めての便りをくれたのだ。七十歳の母は何年も前に長兄が亡くなるまでは細細とつづいていた年賀状も近ごろはとだえていたから、「私は十八歳になり学校を卒業してから町の農協に勤めています。昔じっちゃ、ばっちゃからいろいろの話をきいていましたので遠い北海道の叔母さんに一度お便りがしたかったのです」
とのハガキに驚いてしまって、すぐその場で小机に向い、故郷のなまり丸出しの長い長い返事を書いたのだった。それからの春秋には、手作りらしい果物や野菜が送られてくるし、中に写真も入っていた。裏に続柄と名前も書いてあるので、母は、あ、これはあのときの赤ん坊だった子と声を張り上げ、また晩年の長兄の歯のないしわしわの口元の老人顔に仰天した。和子の顔は祖母のふくよかさによく似ているとえらく感激のていだった。母が生れたとき祖父が喜んで、桧材をたっぷり使った広い家を建ててくれたが人よしの父親が一代ですってしまい、今は遠縁の者がそこに住んでいるということだ。
和子からの送りものはいつも新聞紙でボコボコに包んで上を油紙で厳重にくるみ、またその上を紐できっちりと巻くから角は丸く、しばったところだけ不ざまにへこんで堅い。指を入れるにはまわりが弾みすぎてほどくのにひどく難儀する。表面がでこぼこしているのは栗かな、と私は裁ち鋏を出すと母はそれをはねのけて丸くて太い指先きで堅い結び目を必死にほどこうとしている。口元を左へ右へ曲げて頑張るが頑丈な結び目はいつかなゆるまない。
私が物も言わずに鋏を紐の下にぐさりと入れると、母は、一本だけ切りなさい、お前はばんばんとやってしまうからと心配そうな声をだす。三、四個所切れば紐は手を拡げたように離れるのだけれど、和子からくる荷物のときだけは母は異常に見れるほど丁寧に優しくした。
案のじょうほどけた紐を短かいのまでくるくる巻きにして、包んであった油紙に丁寧につつみこむ。
その中にくるんであった白木綿の袋の口をほどくと、中からころげるように小粒の栗がとびだした。
もうひとつの小袋からは細ひもに数珠つなぎに連なったこれまたお互いにひっつきそうな小粒の干柿がずるずるとひきづられて出てくる。如何にも貧しいやせた土地のなりものに見えて私はふっと哀しくなった。店頭で見る栗は丹波栗のように粒ぞろいの光った大きいものだし、干柿だって白い粉のふく、ふかふかしたのが木箱にうまそうに並べられているのを見慣れているから私は余り食慾もそそられないけれど、なわにぴったり張りついている干柿をむしり取って口に入れると、ぎっしりと種がつまっていてそれが口の中を逃げまわり、ポイポイと口から放り出しているうちに実はなくなっていた。母は柿の実のるころ、祖母と二人で皮をむき、何列もすだれのように干して甘さのでたころ食べ始める、となつかしんでいとおしむように実を二つに割って種をだす。何たって桃、栗、柿、はここが日本一だよねえ、といいながら口の中に入れてもごもごとしだした。
「正月用にも取ってあるからいるんだったら栗をまた送りますって」母はうきうきした声で言ったが、「こんなちっぽけな栗じゃむいたら食べるとこがないもの、めんどうくさくて大変。いらないわ」
うんざりした顔で答えると、母はむっとした表情でとっとと栗を袋にしまい始めた。何もかもふるさとの香りがするのに、こともなげに栗は小さい、柿は種だらけとけなされては面白くなかったらしい。
それなら一人で食べるよと思ったのか片づけてしまった。それでも和子の便りに、叔母さんお達者で、一度どうしてもお会いしたいとあった文が嬉しかったのか思い直したふうで、私の手にある手紙をのぞきこみ、ところで厚ちゃんからの便りは何?とたずねた。
あ、私は思いついてそのぶ厚い封の口を切った。厚子たち一家が、夫の亀雄の実家近くに越して行ってからめったに便りがない。店が忙しい、子供が大変と二、三度元気な知らせがあって私も安心したのか自分勝手もあり返事も余りしていなかった。
今日の便りには、胸がはりさけるほどたくさん話があるので是非近いうち会いたいのですと、書いてある。冷静で頭のいい彼女にしては、感情的で哀しくせっぱづまったような文だった。「あっちに引越しても駄目なのかねえ」厚子の母親と私の母は昔から気が合っていて、厚子たちが仙台に引上げると決ると、母は長いこと沈んでいたし厚子の母親も、私だけ引越すのを中止しようかしらと言ったぐらいだ。それでも行ってしまったのは、娘の夫の亀雄が遠縁からきたちょっと気に入らない婿養子だったからだ。
「亀雄さんが来たから店も繁昌していたのに、何で引越しまでするのかわからないよ」と母はなげいた。仙台のはずれで肉問屋をしている亀雄の実家からの応援で、厚子の父親の死後始めた肉店は、大車輪で働く亀雄の力で日に日に景気がいい、私はとき折りのぞいてきては母に告げるのだ。「亀雄さんて商売人の息子だけあってなかなかうまいものねえ、あれだけ肉も売れていたし、惣菜部のほうではコロッケも、サラダ、カツレツの山なんか夕方までにきれいに空っぽだったわ。何てったって兄さんから直接肉がくるんだものすごかったわねえ。こっちはめったに口に入らないっていうのに」厚子も母親も、金はいくらあっても使う暇がない、と嘆いていたものだ。
「昔からことわざにもあったように婿さんって大変だからねえ、田舎で呑気に暮した人だもの」
母は、中に入って見ればいろいろあろうよと言った。「亀雄さんの顔、それにしてもひどかったわ。どこがどうなんだか全部ちぐはぐで間のびしたような。厚ちゃんが美人だから調子が合わなかったのだろうか、長い間お互いがまんしていたことがあったと思うわ」私と厚子の家は根っこのほうで僅かつながっているていどの親戚だけれど、お互一人娘同じ年だったから仲が良くて甘えっ子の厚子は妹、がっちり型の私はいつも姉とみられていた。ぽってり色白で中高の、品のいい外人顔で厚子は通りすがりの人でもふりむくほどで、学校の受持教師から熱烈な求婚をされたのだというが、彼女の父親の反対でつぶされてしまった。いろいろそんな話が多くなるので、父親は一人娘だから絶対養子をと、亀雄を望んだのだ。彼の写真を見せられた厚子は学校へも行けないほど驚いて、家の中でも沈んで口をきかなくなった。私はそんな事情を知らないから、彼女をさそって相手のことをさりげなく聞いてみるがさっぱり反応がなく、そんな話なぞ知らないわと平然と顔色も変えない。そのうちに、学校を卒業したらすぐ結婚と決まったことを母から知らされ、同じ年の私はやっぱり内心穏やかではいられない、美人の厚子があっさり決めたのだから彼女はとぼけて見せるが案外内心は喜んでいるのでないか。気のりしない顔の厚子をさそって、いつも歩く川べりを歩きながら私は平静をよそおって、「どんなお婿さん?」ときりだした。突然厚子の色白の顔が朱をそそいだように赤くなると、きっと私をにらみつけ、「あなたは私をからかっているの、絶対死んだってあんなお化けのとこに嫁(い)かないわ、馬鹿にしないでねッ!」
聞いたこともない激しい口調でぶつけるように叫ぶと川べりの護岸のコンクリートの上にかけあがり、今にも落ちるのでないかと私が息をのむ思いで見ているのに、飛ぶような速さで帰っていった。
結婚式の前日から私は厚子の家に行った。彼女は半病人のように青い顔をして、泣きつづけたらしい目は結婚式の当日になっても腫れたままで顔中むくんで見えた。それにしても私が何よりも驚いたのは亀雄の顔だ。巨大な体で、頭の毛がひどく薄く極端に両眉が離れている上に目が何とも小さいのだ。
体もいかつくて象のようにも見えるし、いやだなァと私もついうつむいてしまった。
しかし式は何ごともないように穏やかにすんだ。その後、ひやひやしながら私も数日息をひそめるようにしていたが、さわぎは起きない。二人の評判もご近所中いいそうだよ、と母が知らせてくれて私は信じられないけれどほっとした。
数ヵ月が過ぎ厚子が私の家にきた。公園で開催されるラクビーの試合を二人で観にきたという。彼は一足先きに行っていて、持ってきた重箱のひとつをお宅へもと置いて行った。彼女の抱えている風呂敷は赤いちりめんの花柄で若くて美しい新妻にぴったりで私もちよっと羨しかったし、夫婦っておかしなものだと思った。この間電話をかけたら、「ちょっと待ってね、うちの人と変るから。私今あげものをしていて手が離せないの」と言うではないか。私は厚子と久し振り話したいのだが彼女はもう私を相手にしてくれない。それにしても野太い亀雄の声をきくと、私はあの巾広い顔が気味わるく思い出されて、そそくさと電話を切ってしまったのだ。生活は順調満帆と思われていたし、肉屋をすれば思惑通り当るし、一体何があって飛立つように急に引き上げたのか察しかねたのだけれど、ただひとつ、私は母にも教えていないけれど、心臓の凍るおもいをしたことがあった。
冬に近い夕暮れ、私は用事を足しているうちに不意に厚子の肉店に行ってみたくなった。今晩一晩とめて貰おうかと思いつくと、そのままその商店街へと急いだ。短い日は暮れて回りははや真暗い。殆どの店は閉じている。大通りの角を曲って店につくと外は暗いのに戸は簡単に開いた。
不思議に思ったけれど、外の寒さに思わず身をすくめて家の中に入ってゆくと、奥の一段高くなった居間のほうから男女のいりまじった怒声がきこえてくる。
泥棒?私はとっさに店の戸をせいいっぱいに開くと、足音をしのばせ店の調理室の横にうづくまって耳をすませた。
「何時までつっ立っている!早く出てゆけ」「何つべこべ言っているんだ、大きいこと言っているとただですまないぞッ」亀雄の太いどなり声だ。「お前の顔をみるのもいやだ、口もききたくない、文句があるならあとできちんと聞く」厚子の母親のおさえるような声がきこえた。「ババァも悪いんだ、俺の考えをいつきいてくれる!」「余りさわぐと警察を呼ぶよッ!」「やかましい」異常な静けさを感じて私は思わず奥を覗いた。すぐ私の目の前の机の上から亀雄が何かをわしづかみにして厚子にぶつけた。そばにいた母親は厚子をかばってとっさに体をずらせた。厚子にぶつけたつもりが母親の額に当ってにぶい音をたてたと思うと、青インクが顔中流れ首すじを通って着物にたれた。額の中央から血がふきでて鬼の形相になった。「やったね、厚子を殺す気か」「うるさい、黙れ」突然前にとび出してきた厚子も体を青く染めながら、「殺してやる」と叫び、一直線に調理場にとび込んできた。
私は勝手を知っている包丁のしまい場にコートをかけて、すでにかくしてあったから、思わず厚子の肩を力一杯叩きつけた。
私は夢中で居間へ飛び込んで、手を振りあげ母親にとびつこうとしている亀雄のシャツの襟をつかんで開けてあった戸の外へつきだした。足もとの油断があったのかつんのめるようにして亀雄は外へ出てしまった。私は体がこきざみに震えていたが、案外気持は落着いていて、くわしくはわからないが大事件と察し素早く戸を閉じ錠をかけると居間の灯りだけにした。
厚子と母親は言葉もなく亡者のように立棘んでいる。私が不意にそこに現われていることにも不審を抱いていない全くの放心状態なのだ。赤ん坊も二階に寝かされているのか音もなく気味わるいほどの静かさだ。「あの人、殺してやる……」厚子は、すけるほどの青い顔で唇をふるわせうわごとのように同じことをときどき言う。片袖はちぎれ肩の肌が丸く出ていた。ひとつ間違えば人殺しでも起きたかも知れない状態だったのにともかく危機は脱した。私は次第に気がゆるみ涙をぬぐいながらとび散っているインクを邪険にぬぐい始めた。
母親はぼんやりと私の手許を眺めている。ときどきしゃっくり上げるような声をあげて、もう駄目なんだよずーっと前から、と血とインクで顔中をくしゃくしゃにして泣きだした。厚子や母親をこんな目に合わせる亀雄の狂気じみたさっきの顔が目に浮ぶ。あんな奴死んじまえ、私もいらだって本気でそう思った。「これで終ったよ、あれはもうこの家に入られない」
少しずつ冷静さを取り戻した母親は、この世のものとも思えない化物のような顔できっぱりと言った。
しかしあの原因は何だったのだろう。それを思い出すと今でも身震いがでるのだけれど、興奮しきった親娘からは何も教えて貰う気になれなかった。だから今もって一切の事情はわからない。
どんな結着をつけたのか知らないが、数ヵ月後、亀雄の内地の実家近くに厚子夫婦、母親と子供二人揃って引上げることになったのだから余り香んばしい結末でなかったにしろ、何かのかたはついたのだろうと私は思った。父親が修羅場を見ずに死んだことは救いだったけれど、母親は引き上げて三年目に亡くなった。病名も知らされたけれど私はやりきれない、最後のようすはどうであったか、今の生活はどんなであろうか、いとぐちができてみれば矢もたてもなく会いたくなった。
胸がさけるほど話があるというのは気になるが、貧乏話ならともかく、もうあのときのようなせっぱづまった、切った張ったの暗くて重い話なら金輪際ごめんだと私は思う。
「和子は山形の人と結婚するんだって。農協の人だそうだよ」母やぽつんと言い、切角あっちとの糸口がついたのに、あの子が山形へ行ってしまったら……と小声で呟いた。「ねえお母さん鹿又(カノマタ)へ行ってみない?二人で。あ、そうだ、タケオも連れて」
私は突然言った。カノマタとは昔から母の寝物語りに何度もきかされた仙台のはずれの母のふるさとの名だ。何故かその名は私にやさしく響いた。母から聞く桃の実の話は、日本一うまくて、日本一大きい美しい花が咲きそのいい香りは山中に漂うという。七十歳の母と、三十五歳の私、私の息子の五歳のタケオ、年のバランスも悪くない。厚子の便りも誘引となった。
眉毛の薄い亀雄も其の後どうなっているのか。決して肉をカッターで切らず、一枚一枚あざやかな手つきで切る亀雄のそばで厚子が、たっぷりと肉を入れたコロッケをあげ白い大皿に盛り、店のガラス棚にのせているか、そんなこう図も想像されるが全く亀雄のことはわからない。
だが……、しかし、ふと私は、妙なことに思いつく。亀雄はほんとうにそんなに悪い男なんだろうかということだ。むくんだ顔立ちこそ、厚子とは月とすっぽんだけれど、いつのころか、私は彼のどこかにひそんでいる優しさと、男の臭いがまじった明るさに気づいていたし、何かうまく言えないけれど大きな魅力もあったように思うのは不思議な心理だ。
激しい夕立ちの日だった。平和な世の中になったけれど、まだ品数が不足で高級肉など私たちの手許に入らない、ないないづくしのある日、玄関のベルが激しく鳴った。外出途中でにわか雨にあいずぶぬれになった亀雄が行き場所から近い私の家に飛込んできた。
「珍しいこと。たまに夕飯を食べていって」と、湯豆腐と魚の味噌煮をとっさに出すと、
「久し振りの魚でうまかったねえ、でも肉なんかいくらでも買えるでしょ」ときく。高いし、めったにいい肉に当らないしまあまあのとこを食べてますよと答えると、「でもときどきふんぱつしているから」と母は照れた笑い方をした。「僕の実家は肉屋だから、やっぱり魚のほうが珍らしくてうまかったなァ、今日の味噌煮はほんとにうまいねえ」亀雄は細い目を糸のようにしてうれしそうな顔をした。雨はすでに上っていた。亀雄はくつろいだ自分の家で茶を飲んでいるようなのんびりした顔をしている。なるほど、巨人だけれど、離ればなれの両目の位置が少しおかしく、どこやらのどかな象にもにて穏やかにも見え、鼻も口もまあまあだが総体がたっぷりしているからおかしいのだと思いついた。
「可哀そうだねえ、俺のとこは毎日肉だ。厚子は今日のは少しかたい、明日はもっとやわらかいのを、なんて文句ばっかり言っている。そうだこれから定期的に届けるからうんと食べてよ」
自分の家に持って帰るつもりだったらしい紙づつみの上等の牛肉のかたまりを台所のまな板の上にごろりとのせた。……まあこんなにいい肉を……と母が目を丸るくすると、あ、ここの家には肉切り包丁がないんだ。どれ僕がおお切りだけしてゆこうか、と包丁を見て、「ひゃーでくの棒みたいだ、これじゃ芋も切れない」と家庭用の小さい砥石を小板のようにあつかって、きゅきゅとすべらし始めた。
「あーあ、畳の上で飯を喰うのはいいものだね、何年振りだろう。僕の田舎は毎日こうだったから」
肉のかたまりは貰ったし、包丁は気味わるいほど光らせて貰ったし、礼のつもりでビールを出すとたちまち、金時山の猿のようになって、「小母さんこの顔じゃ車にのれない、ちょっと三十分横にならせて。時間になったら絶対に起してね」と念を入れて母に頼むと、忽ち雷のようないびきをかき始めた。
次の週に、肉と黒い色の石鹸を持ってきてくれた。「石鹸は厚子の愛用品だって。使ってみてとことづけ。ぬかが材料だそうだよ」と、ぽいと手渡すと帰って行った。石鹸より肉のほうがうんとうれしい、私は早速礼の電話をかけると、「あの人、少しやさしくするとすぐ甘えるの。うるさかったらそう言ってね」
厚子はのんびりのどかな声で返事した。

その2へ続く…

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